count 428,400 〜 Palsation 〜
それはいつも私の中にじわじわと燻っていた。
それが痛みになったのだと気づいたのはあの時だった。
大人しくしていたはずの何かがいきなり弾けたのだ。
それは確かに私の中にある何かなのに、それは絶対に私の何かではない。
不思議な感覚だった。
体は壮絶な拒否をそれに示しているのに、それを冷静に眺めている自分がいるのだ。
遠くから、近くから。
私は私を冷静に観察している。
違う。
出来ていたという表現がきっと正しい。
本当は今にも自分を見失いそうなくらいに苦しかったし、痛かった。息を喘ぐことすら次なる苦痛を生み出す行為にしか繋がらず、それを思考することは精神を蝕む以外の連鎖を生まない。体の感覚を遙か遠くに手放してしまっても、痛みだけは自分の支配領域から抜け出してくれなかった。
それでも私は私を確かに自覚し、そこに自分が存在する事を理解していた。
私の中に何かがある。
その異物を何と呼べばいいのだろう。
それはきっと形を持たない存在だ。
私の中の私の何かは確かにその異物を認めている。
私もそれをずっと前から知っている。
でも、私はそれが何なのかを少しも知らない。
思えば意識したことすら無い事に今気づく。
しかし、考えてみるとそれは確かに私の中にずっとあったし、その事を私は知っている。
どうにも解決出来ない矛盾が堂々巡りでやってくる。
その矛盾は私の中で確かに矛盾として論理的に成立しているのに、それは違和感なく私の中に鎮座している。どっしりと動くことなく、まるで最初からそこにある事が当たり前だったみたいに存在している。私の中に異物としてあるくせに妙にしっくりきてしまっているのだ。
それは多分、いやきっと嫌なモノなんだろう。少なくとも自分の今の状態を見ている限りでは確実にそうだろう。
形容するならそれは共存と呼ぶべきだろう。それが最も近い気がした。
私はそれと共にいる。
生きている。
今までただ大人しかったそれが単に今になってから動き出しただけ。
私の中の何かはそう判断しているようだ。多分。
自分の事なのに自分でもよく分からないというのは何だか釈然としない気もするが、そんな事は普通に生きていればいくつも遭遇する事象だ。これも大きく纏めてしまえばそれと同じと言えるだろう。
ただ違うのは、それが異物だと理解しているのに、拒絶しようと思えないという点。
それが逆に気持ち悪い。
美味しいモノを食べているんだけれど、どこか口に合わなくて箸が進まない。そんな感覚。
彼女はそれをどう思うのだろう。
彼女なら何らかの答えを私に示し、このどうにもならないもやもやを晴らしてくれるかもしれない。
胸に淡い、でもとても心地良い期待を抱いてしまうのはいつも彼女が私に優しい奇跡を見せてくれるから。
もしかしたら彼女自身が奇跡なのかもしれないと思ってしまうくらいに。
そんな彼女の顔が酷く歪んでいたのを思い出す。
それは私が苦しんでいたからだ。
本当はそんな顔なんてさせたくないのに。
本当はいつも微笑んでいて欲しいのに。
なのに彼女は苦しんでいる。
きっとその心は私以上に軋んでいる。
私以上に悲鳴を上げている。
どこも痛くないのに、どこも苦しくなんて無いはずなのに。それでも彼女の心は確かに苦しんでいる。悲鳴を上げている。
泣いているのだ。
心が――
それが私にはとても悲しい。
どうすれば彼女はまた笑ってくれるだろう。またいつものように私に優しく触れてくれるだろう。
答えは簡単だ。
私を元に戻せば良い。
今までと同じように私と私の中の何かを完成されたジグソーパズルのようにカチリとはめてしまえば良い。
でも、それは不可能だ。
もうソレは私の手を離れて遙か遠くに行ってしまっている。私には見る事も触れる事も出来ないピースへと変換されてしまっている。
だから、それを実行に移す事は出来ない。
私はどうしたら良いのだろう。
私にはその為の手段を見つける事も、それを知る事も許されない。
私はどうすれば良いのだろう。
彼女がまた笑ってくれる為に。
私に何が出来るだろう。
彼女が前を向く為に。
私はそれを探している。
私に出来る小さな何かを。
私はそれに手を伸ばす。
奇跡という名の許されざる果実に。
私はまだ生きてる。
私はまだ足掻いている。
約束したんだ。
一緒にいると。
願ったんだ。
一緒にいたいと。
だから、私は藻掻いている。
全ての痛みを混ぜ合わせたような痛みの中で。
私は、願っている。
彼女がちゃんと笑ってくれますようにと。
あぁ、これが痛みなんだ――
深淵の様な絶望の中で、私はその意味を知った。
Last Episode“Star in to the Blue 2nd Interval count 428,400 〜 Palsation 〜”
小説のページに戻る / U Count 475,200 〜 傷口を抉る鈍い痛み 〜 へ戻る
V Count 396,000 〜 縋り付く希望が絶望へと変わる時 〜 へ進む