U 変名国家



「そういうことなのか」
「そういうことなんです」
 で、どういう事かというと――
 とりあえずここは日本じゃないらしい。それどころか地球でも無いことが分かった。じゃあどこだよ?と、いうと、この世界はスーリアと言うらしい。そして今僕がいるのがスーリアに存在する国の一つ、変名国家ニフラ。変名国家という名のとおり、国の名前が変わるという(かなり)変わった国だ。
 この僕の『変わった』という感覚は全くおかしなモノではなく、ニフラはスーリアで唯一の変名国家だということだ。まあ、それもそうだろう。逆にどこの国も名前がチョコチョコ変わるようでは誰も自分の住んでる国以外の国名なんか覚えられないだろうし、世界地図の発行もめんど臭いだろう。
 そして――
「それで君も無名王女とか名乗ってるわけだ」
「その通りです」
 で、これまたどういう訳かというと――
 この国の名前は女王陛下の名前が代々使われるということで、そのために国の第一王女には名前が与えられないというのだ。
 正しくは与えられてはいるがその名前は隠されているらしい。
 この国のどこかに。
 つまり自分の名前を見つければ彼女は見事に王位を継承できるわけで、晴れて女王陛下となるわけだ。
 なるほどね。それなら彼女に名前が無いのも納得できる。
 まあ、RPGゲームで言う一種の試練みたいなモノだろう。きっと自分の名前を探す中で信頼できる人間関係や人の上に立つ者としてのモラルとかいうのを築いてゆくんだろう。と、思う。
 実際に僕にそんな経験があるわけもないから何とも言えないけど、まあだいたいの趣旨はあっているんじゃないかな。逆にこれが的はずれな回答だと言うなら正しい答えを示して欲しいくらいの自信はある。
 とりあえずそんなこんなで僕は何故か異世界スーリアにいるらしい。
 まあこれが夢でも嘘でも歓迎するし、嘘ならここまで細かい設定を考えてこんなに大袈裟なセットまで用意した人に敬意すら払うだろう。
 但し、払う前に手痛い一発くらいは我慢して貰うけど。
「とりあえずこれからどうすれば良いんだろ?」
 僕は大きく息を吐きベッドの天蓋を仰いだ。
 ベッドに寝たままでずっとベッドの天蓋を眺めていた僕にこの表現が当てはまるかどうかはこの際置いておくとしよう。
「でも――」
 そんな僕の様子を見たお姫様がポツリと言葉を漏らす。
「仰る言葉の割には落ち着いてらっしゃるんですね」
「え?うん」
 確かに。
 言われてみて初めて気付いたけど、僕は驚くほどに冷静だった。
 でも――
「それを言うなら君もなんじゃないかな?」
「え?」
 異世界の人間を目の前にしてこうも淡々と会話する彼女もどうかと思う。
 この無名王女がよっぽどの大物か、それともこの世界には観光客くらいの感覚で僕みたいな異世界の人間が来るなら話は別だけど。
「言われてみればそうですね」
 「あらまあ」と口にして、彼女はポンと手を合わせる。案外前者なのかもしれない。
「でも、何でしょうね。中庭に倒れてたツバメ様を初めて見たとき何故か懐かしい感じがしたんですよ。おかしいですね、私たちさっき初めてお話ししましたのに」
 そこで僕も「おかしいね」とは言えない。
 だって、僕も君を最初に見たときに同じ感覚を抱いたんだから。
 っていうか僕中庭に倒れてたんだ。まあ、他のことに手一杯で今まで全然気にもならなかったけど。それに今更聞くのも何かタイミングが違うような気がするし。
「でも、何でだろうね?」
「それが分かればおかしいとは思いませんわ」
「それもそうか」
 ごもっともな意見をありがとう。
 まあ人間は考える葦であるとか言う人もいるくらいだし、じっくり考えるしかないのかもしれない。
「希望的観測なんだけど、ひょっとしてこの世界には僕みたいな異世界の人間がしょっちゅう来るものなのかな?」
 それなら僕は案外あっさりと地球に帰れるかもしれないし、お姫様が落ち着いていくのも理解出来る。
「そんなことはないと思いますよ?少なくとも私の知る限りでは異世界の人なんてツバメ様が初めてですね。お母様に聞いたり、古い文献を調べれば他の例も見つかるかもしれませんけど」
 まあ、それもそうか。こんな事が頻繁に起こっても困るし、それに頻繁に起こってたらもっとそれらしい対応されてるはずだろうし。
 とりあえず一国の王女様が介抱して出迎えたりはしないと思う。
「そうか、それなら君のお母さんに話を聞いたりしてみないといけないのか。というか聞けるのかな?」
 彼女がお姫様なのだから当然彼女の母親は女王陛下ということになる訳だし、いきなり異世界の人間だとかいういかにも怪しいレッテルを持った僕なんかが直接話を聞けるんだろうか?少なくとも地球じゃ絶対にあり得ないと思う。
「どうでしょう?お母様の執務とかの状況にもよるかと思いますよ」
「いや、そういう事じゃなくてね」
「じゃあ、どういう事なんです?」
「いやいや。それ、本気で言ってる?」
「私何か冗談でも言いましたでしょうか?」
 どうやらいちいち説明しないとダメらしい。
「君はこの国のお姫様だよね?」
「はい、先ほどもそう言いましたわ」
 彼女が何を今更といった顔をする。
「じゃあ当然君のお母さんは女王陛下なわけだ」
「そうですけど…そこに何か不都合でも?」
 何かいまいち話が噛み合って無いような気もするけど、まあそこに突っ込むのもいまさらな気がするからスルーしよう。それにそこに突っ込むと何か話がややこしくなる気がする。
「対して、僕は得体の知れない異世界の人間だ」
「得体の知れないも何も、ツバメ様でしょう?」
 しっかりして下さいよ、王女様。
「じゃあ、良いかな?」
「はい、何でしょう?」
 ここはスルーしよう。じゃないと頭が痛くなりそうだ。
「もし、仮に君がお城の門番だとしよう」
「私は王女ですけど?」
「いやだから『もし』の話だから。例え話なんです」
「ああ、なるほど」
 大丈夫かこのお姫様……
「で、君が門番だとしてだ。いきなり見ず知らずの人間が尋ねてきて、自分の名前を名乗っただけの人間を君は客人として招き入れるのかい?」
「いけないんですか?」
 ……
 そうきたか。やるな、お姫様。いやいや、そうじゃなくて。
「……とりあえず、いけないと思うよ」
「そうなんですか」
 チガウンデスカ?
「もし、僕が悪い奴だとしよう」
「ツバメ様は悪人なんですか?」
 いや、違うから。
「だからこれも例え話だから」
「あら、すいません」
 またしても彼女はテヘッと舌を出して笑う。
 ワザとじゃないよな?
「で、もし僕が悪い奴だとしたら、城に入られて何か貴重な物を盗むかもしれないだろう?もしくは、君を誘拐するとか」
「まあ、それは大変ですわね。どうしましょう?」
 本当にワザとじゃないよな、これ?
「そう、大変だし、困るから普通はそう簡単に城の中には入れないものだと思うし、さらにそれがこの国の女王陛下ともなれば余計にそういうわけにもいかないだろ?何せ国で一番偉い人なんだからさ?」
 これでまた「何でですか?」とか言われたらどうしよう。
「言われてみればそうですわね」
 良かった納得してくれて。
 心の底からホッとする。頭の隅っこの方でどう説明するかチョロッと考えてたのは秘密にしとこう。うん。
 それにしても何だか無駄に疲れた気がするのは気のせいなのか。どうなのか。
「でも、ツバメ様は頭がよろしいんですね。さすがは上流院に通ってるだけありますわ」
「そう、かな?」
「そうですわ」
 いや、絶対誰でも気付くと思うんだけど……
「私も見習わなければいけませんわ」
 そこは是非、そうして欲しいかも。
 でも、まあそんな彼女のおかげで僕はこうして結構な扱いを受けれているのもまた事実な訳で。問題はどうやって僕という存在の無害さをこの国の人に分かって貰うかだろう。
 とりあえずそれさえ証明できればこの城は無理でもどこか働き口と宿くらいは確保できるかもしれないし。
 運が良ければ女王陛下に話しを聞くことが出来るかもしれない。まあ、これは望み薄いと思うけど。
「とりあえず誰か人を呼んだ方が良いね。それも出来ればすぐに来て僕の事を見ていられる人と、話の分かる衛兵さんの二種類が良いかな?」
「何故ですか?」
 やっぱり分かってないか。
「どうせ君は僕のことを誰にも話してないんだろう?」
 僕は前もって準備していたように彼女に自分の考えを話す。
「だったら僕は一度捕まるか保護されるかした方が良いと思う。色々調べられたりして面倒なことになるとは思うけど、多分それが僕の無害を証明するのに一番手っ取り早いと思う 」
 まあ、その分そうならないときのリスクも大きいんだけど、そのことは伏せておく。言うと彼女はきっと止めようとする。そんな気がしたから。
「それに――」
 だから僕は不安な顔をする彼女に言葉を掛ける。
「君は僕のことを必死に弁護してくれそうだ」
「それは、もちろんです!」
 彼女の顔に笑顔が戻る。
「なら、大丈夫さ」
 その笑顔に安堵して、一緒に笑う僕がいる。
 大丈夫。
 その言葉を何故か僕は信じられた。

 そして僕は僕の予想より遙かにあっさりとその身の安全を保証された。
 それは僕の考えが上手くいったからではなく、ひとえに彼女の弁護のおかげであるといえる。まさに鶴の一声ってやつだ。
 この国における無名王女である彼女の存在は僕が考えてた一国の王女よりも大きかった。
 僕の綱渡りな作戦はとりあえず実行され、成功したと言えるだろう。
 でも実行するときの状況にすでにイレギュラーが一つ。それは彼女が僕のことを彼女の侍女――レスティアさんに話していた事だ。正しくは僕が倒れていたのを発見したのは彼女とレスティアさんの二人だったということ。
 そしてレスティアさんは僕よりも一枚も二枚も上手だった。まあ、それくらいじゃないと彼女の浮きっぷりを埋めるのは難しいのかもしれない。話してみた感じは仕えてるお姫様とそんな変わらなかったけど。能ある鷹は何とやらってことなのかな、多分。
 それで僕はあっさり捕まるかと思ったんだけど、実際そうはいかなかった。彼女がそこから先の僕の作戦をすっ飛ばしてくれたんだ。もちろん、良い意味で。

「ではお望み通り連行させて頂きますね〜♪」
 この間延びするような話し方をするのがレスティアさん。彼女もお姫様に負けず劣らず、栗色の髪をポニーテールにまとめた美人さんだ。一応これでも侍女長らしい。何か後ろに控えてる兵士AとBも何か心持ち緊張して見えるし。
「準備良いですね」
「それはもうドアの所で控えておりましたから〜♪」
 それは要するに盗み聞きしてたってことなんじゃないのか?
「まあ、細かいことは気にしないで下さいね〜♪詳しくは業務上の機密によりお答えできませ〜ん♪」
 いや、だから盗みぎ――
「秘密で〜す♪」
「はい……」
 この人エスパーとかじゃないよね?
「では、納得して頂いたところで、連行させて頂きますね〜♪」
 いや、納得はしてないんだけど……まあ、良いか。とりあえず予定通りに進んではいるんだし。これで後は僕の無害さを証明して、このお姫様の弁護を貰えば何とか――
「待って下さい」
 って弁護早過ぎやしませんか?
「何でしょうか〜?」
「ツバメ様は悪い方ではありません。とても頭の良くて優しい方です」
 メイドさんに弁護してもあんまり意味の無いような気がするんだけど。侍女長ともなると別なのかな?
 でも、どのみちそんなんじゃ納得してくれないと思うよ。うん。
「つまり、それはどういう意味ですか〜?」
「連行も拘束もしなくてよろしいですわ。下がってください」
 何か空気が重く感じる。僕にはとりあえずその様子を見守るしかない。いや、ここで弁護して貰っても無理な気がするのは変わらないんだけどね。
「姫様はこう仰ってますけどどうされますか〜?」
 ん?誰かもっと偉い人が来てるのかな?
 レスティアさんの声に僕は思わず扉の方に目を向けた。
「何、他人事みたいな顔してるんですか〜?面白い人ですねえ〜♪あなたに聞いてるんですよ〜、ツバメ様〜♪」
 なるほど、僕か。
「て、僕ですか?」
 何でここで僕に話が回ってくるんだ?
「そうですよ〜♪他に誰がいるっていうんですか〜?」
 いや、いますですよ。あなたの後ろに二人ほど。
「この人達の事は気にしないでくださいね〜♪暇そうな人を探してたら丁度良いところでばったり出くわしたんで来て頂いただけですから〜♪」
「「はい、その通りであります!」」
 レスティアさんの後ろに控えていた兵士二人の声がハモる。
 ……それで良いのかあんたら。
「良いみたいですよ〜♪」
 レスティアさんも毎回僕の心をトレースしないでください。
「あはは、すいませ〜ん♪」
 ……とりあえずこの人の前で変なこと考えるのは止めとこう。
「それが良いですね〜♪」
 はい、そうします。
「でも、何で僕に聞くんですか?僕は拘束される側ですよ?」
 レスティアさんに突っ込みを入れていては先に進めないと思った僕はとりあえず話を元に戻す。あのまま突っ込み続けても何か泥沼にはまりそうな気がするし。
 そして僕には何とも理解しがたいレスティアさんの一言。
「だって姫様がそう仰ってますから〜♪」
 いや、いくらお姫様だからって不審者(自分で思って少し悲しくなった)の有無を決める権利なんかあるはずがない。僕は助け船を求める様に僕とレスティアさんのやりとりを見守っている無名王女に視線を送る。
 でも、その彼女は僕にニコリと微笑んで。
「どうされますか?ツバメ様?」
 どうされますかって聞かれてもなあ。そりゃもちろん僕も捕まらないで済むならそれにこしたことはないけど。
「捕まりたいのなら無理にとは申しませんけど」
「いや捕まりたくはないけど。でも、大丈夫なの?君がそれを決めてしまっても?」
 僕の疑問にレスティアさんが間髪入れずに答えてくれる。
「無名王女様ですから〜♪」
「みたいですよ」
 折角答えてくれてもなんかいまいち説得力に欠けるんですけど。
「いまいち納得できないって顔してますね〜♪」
 それは、もう。
「一応、ちゃんと説明しますとですね〜♪」
 本当にちゃんと説明してくださいよ。困ってるんですから。
「王家の血筋とでも言いましょうか〜、無名王女という存在にはツバメ様が思っている以上の力があるんですよ〜♪特に人を見るという目についてはそれこそ神懸かり的な力があると思ってもらって結構です〜♪特に姫様の人選眼は歴代の無名王女の中でも最高峰とまで言われてるくらいですから〜♪」
「要するに王家のお姫様には代々特別に強力な人選眼が宿ってるってことですか?」
「はい、そういうことです〜♪さすがはツバメ様、上流院に通われてるだけのことはありますね〜♪」
 そこも聞いてましたか、あなたは。
「とりあえず彼女にその凄い選人眼があるっていうのは分かったけど、それじゃあ僕がこの国にとって無害だと証明されたことにはならないんじゃないか?」
 確かに就職試験の面接官とかには凄い重宝されそうな力だけどね。
「甘いですよ〜♪姫様の力はただ人を選ぶだけのそんなちゃっちい力なんかじゃありませんよ〜♪」
 ちゃっちいですか、僕の考えは。なんか凄い言われようだな。それだけでも十分だと思うんだけど。
「姫様の力はですね〜、人のもっと根本的な心の奥底の思考までも感じ取ることが出来るんですよ〜♪身近なところだと嘘を付いているかどうか分かっちゃうとかそんな感じですね〜♪」
 そんな感じって。それはとんでもなく凄いことなんじゃないのか?
「そうですよ〜♪とんでもなく凄いんです〜♪」
「えへ、ありがとうございます」
 君まで僕の心を読まないで下さい。僕の心のプライバシーを返して下さい。
「あ、すいません。気になってつい」
 つい、で読まれても、読まれた方はたまったもんじゃないですよ?
「でも、大丈夫ですよ。私、普段は見ないようにしてますから」
「それなら、安心かな?」
 むしろ危ないのはこっちの人だよな。
「そんなことないですよ〜♪私は人畜無害ですよ〜♪」
 とりあえず本当に人畜無害な人なら自分でそんなこと言わないし、人の心も読まないと思います。
「ってことは君はずっと僕の心の中を読み続けていたって事なのか?」
「あ、はい。どうもすいませんでした。でも、ツバメ様が何かもうやらないと気が済まないような感じでしたし。私、どうも説明するの苦手なんですよね」
「いや、それは全然気にしてないから」
 むしろ僕の心を読んでおいて良く僕を無害と言い張れたもんだ。それに何だか彼女にしてみれば結構失礼なことも考えてたような気がするけど――
「まあ、その辺はあまり気にしなくても大丈夫ですよ〜♪姫様は寛大なお方ですから〜♪」
 あなたはもう少し寛大な心でもってして僕の心を読むのを止めて下さい。
「彼女が良くても僕が気にするよ」
 それに結局は彼女に全て助けてもらった訳だし。
「いえ、それこそ気にしないで下さい。むしろ黙ってた私の方が悪いですから」
「いや、そういう訳にもいかないよ。何よりもじゃないと僕の気が済まないし」
「いえ、私が――」
「いや僕が――」
 馬鹿みたいな堂々巡りのやりとり。きっと端から見れば呆れるような光景だったに違いない。
 けれどそんな光景を誰も止める人はなく(むしろレスティアさんはその光景を楽しんでいたと思う)、僕とお姫様の押し問答はお互いが息を切らせるまで続いた。
「OK、分かった」
 カラカラに乾いた口を気合いだけで動かしつつ、僕は彼女に停戦協定を持ちかける事にした。
「とりあえずその論点については水に流そう。どっちもどっちだったってことで、ね?」
 はにかみつつ片眼をつぶる。とりあえずこれが今僕に出来る精一杯の強がり。多少ひきつってたかもしれないけど、それなりに上手く笑えてたと思う。
 数秒お姫様は考えるような仕草をしてから口を開いた。
「分かりました。この話題はなかったことにしましょう。私も、その結構疲れましたし」
 前言撤回。彼女のはにかみ具合に比べたら僕のなんてしょぼさ満点。彼女の笑顔をピラミッドの頂点とすると僕のはきっと底辺すれすれ。土台の積み石みたいなもんだろう。
「はは」
「ふふ」
 何となく笑い合う。何かこのお姫様と話していると妙に和む気がするなぁ、僕。
「そろそろ夫婦漫才はお済みになりましたかぁ〜?」
 そろそろやってくる頃だと思ってましたよレスティアさん。
「タイミングを読まれていたとは私もまだまだですねえ〜」
 もうそこについては何も言いませんよ、僕は……
 しかしタイミングを全く読んでいなかったお姫様にはこれがなかなかクリーンヒットだったようで、恥ずかしさの為か顔を真っ赤にして「夫婦だなんて……」とかブツブツ言っている。とりあえずそこまで恥ずかしがられると何だか僕までこそばゆい感覚になってくる。
「じゃあこの話しはこれでおしまいということで」
「そうですね」
「で、次の話題なんだけど」
「え、次ですか?えっと、はい何でしょう?」
 真面目な彼女はしっかりと僕の話題に乗ってきてくれる。実に良いお客さんだ。きっとショーとか見に行くとしっかりMCに弄られたりするんじゃないだろうか。
「一つお姫様に言い忘れていた事があってね」
「え、そうなんですか?」
「うん、実はそれが結構重要だったりするんだ。僕としては」
 これは僕としては非常に重要な事だったりする。というかきっと人として大事なことなんじゃないだろうか。
 レスティアさんはそれを既に分かっているのかここに来て初めてメイドらしくまるで空気のように存在感を希薄にして直立している。こういうときはレスティアさんのエスパー的プライバシー侵害がありがたく思える気がする。あくまでもこういう状況の時だけだけど……
「あの時のお礼、まだ言ってなかったよね?」
 そう、僕はまだ彼女に言ってなかったんだ。
「ありがとう、僕を助けてくれて」
 そしてやっと僕は彼女にその大事な一言を言えた。その時に見せてくれた彼女の笑顔はやっぱり何か懐かしくて、僕の心をホッとさせてくれた。

 そんな訳で無事に無罪放免(で良いのかなこの場合は)となった僕は城の中を歩き回っていた。というかレスティアさんに引き回されていた。
 一応、名目は城の中の案内という形で。
 それにしてもさすが城、やはり城と言うべきか。広い、広すぎる。一体いくつあるんだ?というくらいに部屋がある。
 給仕室に始まり兵士詰め所や侍女休憩室(ここでは危うくメイド服を着せられかけた)にその他お偉いさん(これは数が多すぎて説明に困る)の執務室等々、覚えておいた方が良いと思われる部屋からここには絶対に来ない(来たくないも含む)部屋まで、もう既にいくつ回ったのか数え切れないほどの部屋のドアを僕はくぐっていた。
 ちなみにここに無名王女たる彼女の姿はない。
 何でも公務があるとかであの後別のメイドさんをお供に連れてどこかに行ってしまった。僕のことをレスティアさんに任せて。
 まあ、その結果がこれなんだけど。
「そうですね、とりあえず――」
 背筋をピンと伸ばしてレスティアさんが良く通る声で僕に言った。
「少し休憩しましょうか〜?」
「是非、ハアハア、お願い、ハア、します」
 何であなたはあれだけのスピードで僕を連れ回しておいて息一つ乱れてないんですか?それとも、僕が運動不足なんですか?いや、うん否定はしないけど。だって美大生だしね、僕。

「はい、どうぞ〜♪」
 ただっ広い食堂というよりは会食会場を抜けて落ち着いたテラスに通された僕の前にレスティアさんが水滴を纏ったグラスを置いてくれる。見ているだけでも涼しくなってくるグラスは透き通った氷とオレンジジュースの様な液体で満たされている。『様な』っていうのはそれがオレンジジュースの色とはまた違う、ちょっと白味を帯びたオレンジというちょっと不思議な色をしてたからだ。
「これはですね〜♪」
 一瞬この飲み物の色に不安を感じた僕に気付いたレスティアさんがその正体を僕に解説しようとしてくれたけど、そんなものを待っていられるほどの余裕が僕には無かった。意を決したようにグラスを掴むと液体を一気にノドに流し込む。要するにそれくらい僕はノドが乾いていた訳。
 ゴクゴクとノドを鳴らして飲み干し、プハーッと大きく息を吐きグラスを置く。今頃になってグラスの冷たさにありがたみを感じてきて放すのが名残惜しい。
 そしてそれがレスティアさんには別の意味に見えたらしく。
「おかわりお持ちしましょうか〜♪」
 また僕にもそれを断る理由はなかった。
「お願いします」
 すぐに持ってきてくれたジュースを今度は一気に飲み干さずゆっくりとちまちま飲んでいく。手に感じられる心地良い冷たさとジュース自体の味を今度はしっかりと味わう。
「美味しいですね、この飲み物」
 今更だとは思ったけど一応感想を口にしてみる。それに本当に美味しいし。
「オレンジかと思ったんですけど、何かそれとはまた違うし。想像してたよりもさっぱりしてて喉越しも凄く良いです」
「気にって頂けたようですね〜♪」
「はい、凄く」
 ようやく僕から飲み物の感想を聞けてレスティアさんの顔が綻ぶ。いや、元から微笑んではいたんだけど、それ以上にね。
「そのフレッシュジュースはアッキスという果物から作られてるんですよ〜♪この国では結構ポピュラーな果実なんですけど、ツバメ様の世界にはありませんでしたか〜?」
「似たような果物でオレンジっていうのがありましたけど、そのアッキスっていう果物はないですね」
「オレンジはこの国にもありますよ〜♪この国ではあんまり作られてませんけどね〜♪オレンジは他国からの輸入が多いですね〜♪アッキスがあるんで需要はあんまりないですけどね〜♪」
 なるほど全部が全部地球と違う訳じゃないのか。これは結構重要な収穫何じゃないだろうか。僕の世界でのことがいくつかは通用するってことの証明みたいなもんだし。
「だいぶ落ち着かれたようですね〜♪」
 考え込む僕を見たレスティアさんが空になったグラスを片付けてくれる。
「あ、はい。おかげさまで」
「では、そろそろ良いお時間なので参りましょうか〜♪」
 ………………
 まだあるんですか……
「参りましょうか〜♪」
「…………はい」
 分かっていますとも。
 僕に拒否権がないことぐらい。
 僕は心の中で涙を流しながら既に休息モードに入っていた足とともに立ち上がった。

「あ、お待ちしておりました、ツバメ様!」
 息を切らせながらようやくくぐった扉の向こうで待っていたのは無名王女のお姫様だった。あと何か初めて見るおじいちゃんも一緒だった。僕の腰くらいまでしか背丈が無く、耳の先が僕等よりも尖っている。
「ほむほむ、君が噂の異世界人かの、ほむほむ」
 とりあえず失礼なのを分かった上で言いたい、何だこの変なの……
 僕の中でこのおじいちゃんのイメージが固定される。とりあえず変な人だ。
「私もいますよ〜、ヘリオル♪」
 レスティアさんが手をヒラヒラと振る。どうやら二人は顔なじみらしい。まあ、それはそうか。二人ともこの城の人なんだし。
「ほむほむ、忘れておらんよ、ほむほむ。こんにちはレスティア嬢、ご機嫌いかがかな?ほむほむ」
 そのほむほむは何とかならないんですか?ヘリオルさん?
「相変わらずですよ〜♪ヘリオルも元気そうで何よりですね〜♪」
「ほむほむ、うんむ、このヘリオル生まれてこのかた一五〇〇年あまり、この国に仕えて七〇〇余年になりますが、ほむほむ、異世界の人間に会うのは初めてですの、ほむほむ」
 うわ、何かいきなり絶望的な答えを聞いた様な気がするんですけど。
「ほむほむ、そう落ち込む無かれツバメ殿。ほむほむ、いくら儂が長生きと言ってもたかだか一五〇〇年、まだ諦めるのは早いですぞ。ほむほむ、まだこの世界には儂が知らぬ事も多々あるのじゃよ。ほむほむ」
 むむ、この人もエスパーなのか!?
「違いますよ〜♪」
 さすがはレスティアさんこういうときはあなたの能力に感謝します。
「むしろツバメ様は思ってることがすぐに顔に出てますから〜♪」
「……それはマジですか?」
 助けを求めるが如くお姫様を見る。
「えっと……」
 言いにくいからってそこで目をそらさないで下さい。それは肯定と同じ事デスヨ?
「ほむほむ、まあ気にすることでは無いぞな、ツバメ殿。ほむほむ、別に悪いことではないぞな。ほむほむ」
 あなたたちにとってはそうでも僕にとってはかなり悪いことデス。
「まあ、運が悪かったと思って諦めて下さいね〜♪」
 他人事みたいに言われても、そんなにさっぱり諦められませんよ。
「でも他人事ですから〜♪」
 ソウデスネ。
 何か話してるだけなのに疲労感が募りっぱなしなのは気のせいだろうか……
「ま、まあそんなことよりもツバメ様」
 苦々しい顔の僕に気分を変えようと言わんばかりにお姫様が声をかけてくる。
「ヘリオルはとても物知りで、私に国の歴史を教えてくれてるんです。ツバメ様はまだこの国のことをあまりご存じではないですし、その、もし宜しかったら私と一緒にヘリオルのお話を聞いて行かれませんか?」
「この国の歴史か――」
 確かにそれは悪い話じゃない。むしろこっちからお願いしたいくらいだ。この国について学べる上に、もしかしたら僕が日本へ帰るためのヒントを得られるかもしれない。
 今すぐに何をしてでも帰りたいとは思わないが帰れるなら帰りたいし、帰る手段を知っているに越したことはない、と思う。人生現状みたいに何があるか分からないんだし。
「はい、本当は私がご案内したかったんですけど今まで他の執務があったんでレスティアにお城の案内を頼んでおいたんですよ。でも、この執務ならツバメ様もご一緒できるかと思いまして」
「執務ってのいうはつまり勉強?」
「あ、はい。この国の歴史を学んだり、色々な知識を付けることも私にとっては立派な公務です。母様のようなみんなに尊敬される女王になりたいですから」
 なるほど、公務とは聞いたけど要するに勉強か。まあ、お姫様だし、将来の女王陛下様ともなれば勉強も立派な仕事になるわけだ。
 頬を染める彼女に見とれて僕はそんなことを考える。
「この国の人は幸せだね。お姫様がそれだけ頑張ってるんだ、きっと良い王女になれるし、良い国になるよ」
「あ、ありがとうございます」
 耳まで赤くする彼女。そこまで照れなくても良いと思うんだけど。まあ、喜んでくれてるなら良いかな。
「それにお礼を言うのは僕の方だよ。この国の話ぜひ聞かせて下さい、ヘリオルさん。どれくらいこの国にいるのか分からない以上、僕もこの国のことは知っておきたい」
「ほむほむ、もちろんじゃ。ほむほむ、このヘリオル、知っている限りのことをツバメ殿にお教えしましょう。ほむほむ、覚悟してくだされ。ほむほむ」
「それは、きつそうだなあ」
「うふふ、そうですね」
 いや、本当に大変だと思うよ。マジで。
「まあ、無理でしょうね〜♪」
 いや、レスティアさんそこは励ますところだと思いますよ。
「ほむほむ、無理でしょうな。ほむほむ」
 爺さんあんたは励ませよ。一応教える側なんだしさ。
「ツバメ様なら大丈夫ですよ。何と言っても向こうの世界では上流院に通ってらしたんですから」
「ありがとう。とりあえずこの国の礼儀や作法くらいは覚えられるように頑張るよ」
 と口にして、心の中では結構喜んでたりする僕。そら他の人が敵でもお姫様が味方ならそれもチャラになるしお釣りだって出るさ。
「ほむほむ、まあ諦めずに精進することですな。ほむほむ、そうすればいつかは儂の教えの全てを理解できるかもしれぬぞ。ほむほむ」
「そうさせてもらいますよ」
 この爺さん以外に毒舌だな。見かけはこんなちっちゃくて可愛らしいのに。
「ほむほむ、それではそろそろ始めようかの。ほむほむ、これ以上のお喋りは本日の予定に影響しますからの。ほむほむ」
「そうですね〜、それじゃあ私は一度失礼致しますね〜♪休憩時間にはお茶をお持ちしますんで〜♪」
「はい、よろしくお願いしますね」
「かしこまりました〜♪」
 そう言ってレスティアさんはお姫様に頭を下げ、衣擦れの音も立てずに退室していく。さすがは侍女長。
「席は適当なところに座って下さいね。たくさん空いてますから」
「ああ」
 ヘリオルがほむほむ良いながら黒板に向かっている間に僕は座る場所を検討する。ぱっと見僕等のいる部屋は会議室に近い。というかきっと会議室に違いない。三日月型のテーブルに詰めすぎず丁度良い感じに感覚を空けて座り心地の良さそうなイスが並んでいる。お姫様は既に中央やや左よりの席に腰掛け本やらノート代わりの紙を広げている。すぐ隣に座るのもどうかと思い、僕は彼女と席を一個空けてテーブルの真ん中を挟んで対象となる場所に座ることにする。場所的なバランスも良いし、変にテーブルの端に座るよりも黒板が見やすい。まあ、妥当な場所だろう。
「ツバメ様、紙とインク、ペンはこれをお使い下さい。私の予備になってしまって申し訳ないんですけど」
「十分だよ。ありがとう」
 多少使った感じはするもののよく手入れされた羽ペンを手渡される。握った感じも悪くはない。手の甲に触れる羽毛の先が心地良く気持ちいい。試しにインク瓶に軽くペン先を沈めもらった紙のスミに走り書きをする。うん、悪くない。下手すれば向こうの世界で使っていたデッサン用の鉛筆とかよりも全然書きやすいかもしれない。
「ほむほむ、それでは始めますかな。ほむほむ、まずはツバメ殿のリクエスト通りこの国の礼儀や作法についてざっとお教えしましょうかの。ほむほむ」
「お願いします」
 どうやら僕の言ったことをちゃんと覚えていてくれたらしく、ヘリオルは口早にザッと簡単な礼儀作法について語り出した。意外と良い人なのかもしれない。
「ほむほむ、まずは基本的なことからいきましょうかの。ほむほむ、最初に挨拶からいくかの。ほむほむ、朝はおはよう、昼はこんにちわ、夜はこんばんわじゃ。ほむほむ、食事の時はいただきます、食べ終わったらごちそうさま、この辺は基本じゃの。ほむほむ」
「ああ、その辺は僕の世界と変わりないよ。全く同じだね」
「ほむほむ、なるほどの。ほむほむ、では食事の際の『祈りの辞』もございますかな?ほむほむ」
 『祈りの辞』?キリスト教とかでやる実りに感謝するみたいなものか?
「ツバメ様、『祈りの辞』は変名国家が代々崇めている神様――オミリア様に毎日の実りと生きていることを感謝する御言葉のことですよ。ツバメ様の国にはありませんでしたか?」
 ビンゴ。どうやら僕の考えに間違いはないと言えるだろう。まさにドンピシャ。
「いや、無い訳じゃないけど。僕の国っていうかむしろ家かな。この場合は。ではなかったなあ。ある家もあるだろうけど。僕の国ではこっちの『祈りの辞』みたいなのをやってるところは少ないと思うよ」
「国ではなく家ですか?」
「うん」
 お姫様は不思議そうな顔をこちらに向けており、ヘリオルも僕の言葉にとても興味を抱いたらしい。
「ほむほむ、その話実に面白いですな。ほむほむ、是非お聞かせ願いたいのう。ほむほむ」
 なるほど、僕にとってはたわいのない話しでも、彼女たちにとっては十分に興味深い話しみたいだ。まあ、無理もないか。一応僕は異世界人なんだし。
「まあ、僕の知ってる範囲で良ければ」
「是非、お聞かせ願いたいですわ」
「ほむほむ、同意ですの。ほむほむ」
 僕は高校の社会の授業を思い出し、つたない知識をポツポツと話した。
「まず僕の世界にもスーリアと同じようにたくさんの国があって、いくつかの宗教、要するに神様への信仰がある。どこの国がどの宗教を信仰しているかとか詳しいことまでは覚えてないけど、とりあえず僕の国は比較的、というかかなり自由に自分が信じる神様を選ぶことが出来るんだ。大体、僕の国だと三、四種類くらいが主流なのかな。まあ、ニフラほど信仰意識は高くないけどね。もちろん他の国にはここと同じくらい信仰意識の高い国もあると思うよ」
 まあ結構適当に話したけどこんなものかな。たぶん。
「ほむほむ、ツバメ殿の国は自由信仰なのですな。ほむほむ、それが我々の国より進んでいるのかどうかはともかくとして、ほむほむ、面白いですな。ほむほむ」
「それにしてもツバメ様の国は凄いんですね。複数の神様が住んでおられるなんて」
「はい?」
 何を言ってるんだこのお姫様は?住んでる?神様が?
「ほむほむ、そういえばそうですの。ほむほむ、複数の神が住んでいる国とは何とも珍しいですの。ほむほむ」
 あんたまで言うのか、爺さん。
「何言ってるんだ二人とも?神様なんか実在しないだろ?」
 まさかいくら異世界だからといえ、神様なんかいないだろう。
「え?ツバメ様の国にはいらっしゃらないんですか?」
「いや、普通いないよ。僕の国には。というか僕の世界には信じてる人はいても見たって証明できる人なんて誰もいないんじゃないかな?実際会えるわけでもないし」
「ほむほむ、なるほど。ほむほむ、おそらくそれがツバメ殿の世界における宗教の多様化の要因と考えられますな。ほむほむ」
 まあ確かに神様なんかが実在すればそれを信じないわけにはいかないけど。いないものはしょうがないし。
「まさか。この世界にはいるとか言わないよね?いるとか言ってもあれだろ?御神体とか御神木とかだろ?」
 いくら何でも神様はいないだろ。神様は。
「いますよ〜♪」
「うわ!?」
 僕の心の呟きに絶妙なタイミングで答えをくれるのは――
「レスティアさん!」
「うふふ〜♪あまりにも面白そうな内容だったので入ってきちゃいました〜♪」
「ほむほむ、レスティア嬢も興味がお有りかの。ほむほむ」
「いや、ていうか僕の心を読むのと僕の背後に気配無く現れるのはお願いですから止めて貰えません?」
「ちょっと早いですがお茶もお持ちしましたよ〜♪」
 いや、僕のことはスルーですか。それにかなり早いと思うんですけど。
「その辺は仕様ですから〜♪」
 仕様って何ですか?仕様って。
「うふふ、それは極秘事項です〜♪」
「だから何で僕の心を読んでるんですか?」
「極秘事項です〜♪」
「いや、あの――」
「極秘です〜♪」
「だから、」
「極秘なんです〜♪」
「はい、もうそれで、良いです」
 何か泣きたくなってきた。この人には一生勝てないような気がする。
 きっと僕が心の中で涙してるのを知りながらレスティアさんは自分のマイペースぶりを存分に発揮する。
「では、お茶の方、お注ぎしますね〜♪」
 蒸らし終わったポットからレスティアさんがカップにティーを注いでゆく。ちゃんと濃さが一定になるように半分ずつ横に並べたカップに注ぎながらポットを往復させている。こういう動作はまさにメイドさんそのものなんだけどなあ。
「お待たせしました姫様。今日は良いジャスミンの葉が入りましたのでジャスミンティーにしてみました〜♪」
 なるほどこの世界にはジャスミンティーもあるのか。結構、食生活には困らなさそうだ。
 ジャスミンティーなんて日本にいても飲んだ記憶なんて無いけど、まあ知ってるものがあって口に出来ることの幸せを感じながらカップに口を運ぶ。さすがはお城。お茶に詳しくない僕にも分かるくらいに飲みやすくて美味しい。葉もさることながらレスティアさんはやはり立派なメイドさんであることを再確認。
「お茶請けはアッキスの皮を使ったパウンドケーキですよ〜♪」
 一人二切れずつ配られたケーキはアッキスのオレンジ色にほんのり染まっていて、その皮も細かく切って混ぜられたものだ。口まで持って行かなくても美味しそうな香りが鼻に付く。きっと美味しいに違いない。
「ほむほむ、では準備も整ったところでお話し願いますかの。ほむほむ」
「そうですね。では、ツバメ様お願いします」
「ああ、うん。じゃあまずは――」
 結局僕はこの日、時間の許す限り自分の世界のことを話す羽目になった。ていうか神様がいる、いないの話しはどうなったんだろうか。まあ、まさか本当にはいないよな?うん、きっと冗談だ。そういうことにしとこう。
 それにしても僕は一体いつになったらこの国のことを学べるんだろうか?まさか忘れてるなんて事は……
 ありそうで凄く嫌だ。
 僕の話にすっかり耳を傾ける準備を整えた三者三様の顔に僕はそう思わずにはいられなかった。
 とりあえず分かっていることは僕が学べるのはまた当分先になりそうだということ。それぐらいだ。
 あぁ、ケーキが美味しい……


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