プロローグ〜 for you 今は亡き君へ 〜



 拝啓、愛しい君へ。
 僕は君に何かしてあげることが出来たのだろうか?
 まだ、僕はそのことばかりを考えてしまう。
 君がそばにいてくれたあの頃は本当に毎日が楽しくて、ただの散歩でも僕には十分に幸せな時間を感じられたんだ。
 それはきっと君もそうだったのだと僕は今でも信じて疑わない。
 だって君は二人きりのとき良く言ってくれた。

「あなたといるだけで私は幸せなの」

「私たちはきっとお互いに出会うために生まれてきたのよ」

 誰かに聞かれれば耳だけじゃなく体の芯まで紅くなってしまいそうなそんな台詞だし、君も僕も人前でそんなことを言えるほどお喋りじゃなかったから二人きりの時にしか決して言わなかったけれど、あの言葉は僕にとって何よりも嬉しいプレゼントだったんだ。
 君の言葉が嬉しくて、愛おしくて。
 ずっと一緒にいられると思っていた。
 ずっと二人で笑っていられると思っていたけれど。
 でも――
 君はいなくなってしまった。
 僕の前からも、この世界からも。
 何でそうなってしまったんだろう?
 君が何か悪さをしたというのだろうか?
 そんなことはきっとないだろう。雨降りの中、捨てられている子犬を拾ってくるような君の事だそんなことはよっぽどのことがない限りあり得ないだろうね。
 それともそのあり得ない事が起こってしまったのかな?
 けれどもそれも今となっては確かめられない事だね。
 それは君が僕の前から消えてしまったあの時から変わることのない事実。
 それはこれからも変わらない。
 変わったり、しない。
 変える事などできないんだね。
 決して。

 君がいなくなってからの僕は何だかカラッポで、虚しくて、もう涙なんてとっくに枯れ果ててしまって、それでもまだ泣き足らない。
 ただ僕は君といたかっただけなのに。
 本当に僕はそれだけで満たされていたのに。
 何がどこでどう間違ってしまったんだろう?
 君がいなくなってしまった今、僕は思わずにはいられない。
 僕は君に何かしてあげることが出来たのだろうか?
 君は僕といて本当に幸せだったんだろうか?
 今でも明確鮮明に思い浮かぶ君と共に過ごした時間。どれも楽しくて、一番だなんて選ぶことが出来ないほどに満ち足りていた時間。
 でもそれが君にとってもそうだという保証はどこにもない。
 きっと君は僕の質問に笑って僕の望む答えを返してくれるんだろう。
 そんなことは分かっているんだ。
 君がそんな人であることなんて僕には疑いようのないことだから。
 分かってはいるけれど、それでも今君はここにいなくて。
 僕という世界の中に君はもういなくて。
 もう僕は君の当たり前の答えを聞くことはできなくて。
 それでも、いや、だからこそ。
 僕は君を求めてしまう。
 君の声を。
 君の答えを。
 君のぬくもりを――
 僕という名の世界に君という存在を求めてしまう。
 僕という世界の中に君は必要不可欠な存在だったんだ。
 もう僕のこの問いを君が答えてくれることは永遠にないけど――
 それでも僕は君に聞きたい。
 ねえ?
 愛しき君よ、
 僕は君という名の世界に必要な存在でいられたのかな?


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